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「お兄ちゃん、今日一緒に寝て良い?」
いつの間にか彼女専用になってしまった青いネルの(KAITOの)パジャマを着た妹が、愛用のネギクッションを抱えてやってきたのは、寝仕度を整えた頃だった。
【 誕生日 】
「え……?」
「私のお布団クリーニングに出しちゃったんだってお姉ちゃんが」
「めーちゃんが?」
「うん、でおねーちゃんのとこで寝かせてもらおうと思ったんだけど、酔っぱらってて……」
ああなってるおねーちゃんと寝るとなると、つぶれるまでお酒一緒に呑んじゃいそうだから。それにリン達はもう寝ちゃったし……。
そういうミクの頬はほんのりとピンクに染まっている。
風呂あがりだからとばかり思っていたが、それだけでもないらしい。微かに甘い匂いがする。
「ミク、めーちゃんの部屋で何か飲んだかい?」
「うん、ホットチョコ」
「……それは……」
壊滅的に家事一切ができない姉であるが、ただひとつ。何故か飲み物を入れさせると不思議と美味い。隠し味に酒類をベストな組み合わせで使うのだ。
ミクから薫ってくる香りからしてかなりの量のチョコリキュールが入っていたのだろう。
(……というかチョコリキュールのミルク割?)
「ダメ……?やっぱり私と寝れない?」
ピンクに染まった目元、潤んだ瞳で見上げられてどうして否、と云えようか。
「ほら、冷えるから早く入って」
相手は酔っぱらいだ。逆らわない方が良いことは姉で非常によく理解している。
それに……相手が酔っぱらっていると思えば「我慢」もできるだろう、と。
布団に入ると、KAITOが背を向ける間もなく、ミクは当たり前のようにすりよってきた。そういえばミクがまだ幼体の頃にこうやって寝ていたか。
腕の中の温もりは変わりないが、大きさと重みは随分変わったな、と思っているとミクがふと呟いた。
「なんだかこうしてると安心する……」
「そうかい?」
「うん……。あ、そうだお兄ちゃん」
「うん?」
「お誕生日、おめでとう」
「え?」
時計を見ると、0時を回った所だった。
そういえば、今日は2月14日――――バレンタインで、Y社側での誕生日、だ。
「一番に云えて良かったぁ……」
ふにゃと微笑んだミクはぎゅっと更に抱きついて来た。
「……ありがとう、ミク」
(なるほど、これがめーちゃんからのバレンタインチョコ兼誕生日プレゼントってことか……)
かといってこのまま『戴いて』しまえば、明日の夜を迎えられないことは必至。プレゼントなんだか新手の嫌がらせなのかは微妙なラインだ。
ミクは半分眠っているようで次第に、言葉が不明瞭になっていく。
「……どして?」
「ん?」
「ど……して、おに……ちゃんて誕生日、2つ、あるの?」
「ギリギリまでY社にいたからね。14日はY社でカプセルを出て成人した日、17日はCFM社で最終調整してデビューした日だよ」
「そ……な、んだ」
「おやすみ、ミク。俺はどこにも行かないから」
額に口づけ、抱き締める腕にわずかに力を込めると、ミクは安心したように微笑んで、瞼を下ろした。
微かにまだ香るチョコレート。
腕の中の柔らかで温かな……成長したたとは云え、KAITOに比べれば小さな体。
(眠れる筈……、ないよ、なぁ……)
無邪気な寝顔を見つめながら、KAITOは深く息を吐いた。
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「おはよー」
「おはよー、お姉ちゃん」
「おはよ、めーちゃん」
ふわぁ、と欠伸しつつダイニングキッチン <共有スペース>にMEIKOが入ると、珍しくKAITOとミクが朝から二人でキッチンに立っていた。―――『五兄妹』の中で料理が出来るのはこの二人 (だけ)なのだが、KAITOは朝が苦手で、通常、朝食担当はミクが務めている。
こんな朝早くにKAITOが起きている、ということは――――。
「昨夜はよく『眠れた」ようね?」
「ええ、それは大変キモチよく。『お陰様で』、『お姉さま』。」
ミルクを温めながら、MEIKOを振り返って笑んだKAITOの目は心持ち赤い。
案の定眠れなかったらしい。
「ミクも?」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん!」
フルーツサラダをダイニングテーブルに並べながら笑うミクは全く屈託ない。
(よしよし、一応我慢はしてたようね、KAITO)
実際の処、もしも万が一、ミクの悲鳴でも聞こえてきたならば、急行して抹殺してやらねばと考えていたMEIKOである。
廊下を駆ける足音が響いて、KAITOの部屋の方からドアの開閉音がした。
あれー、カイ兄いないねぇーと、綺麗なユニゾンが聞こえてきた。
「もう起きてるよ、朝ごはんできてるからキッチンにおいでー」
KAITOが声を張り上げると、ええーっとこれまたユニゾンでの応えと共に、足音が再度響き、リンとレンがダイニングキッチンに駆け込んできた。
「おはよー! カイ兄、誕生日おめでとう!」
「おはよー! KAITOお兄ちゃん、誕生日とバレンタインおめでとう!」
双子が左右から飛びつくが、それを予期していたのか、KAITOはレンジの火を止め、ミルクパンからも体を離している。――――随分と『兄』らしくなったものだと、新聞を広げながら、MEIKOは笑った。そして今更ながらに、自分はいい忘れていたことに気付いた。
「誕生日、おめでとうKAITO」
リンとレン、それにミクを纏わりつかせたまま、KAITOは応えた。
「ありがとう、めーちゃん」
朝食中、お替りのカフェオレをMEIKOに差し出した向かいに座るKAITOが、低く呟いた。
「プレゼントは、もうちょっと考えて欲しいなぁ。……嬉しかったけど。」
「そう……?」
MEIKOは新聞から目を上げて、KAITOに視線を移す。
いつになく、カフェオレではなくホットショコラを飲んでいるKAITO。それを作ったのがミクであることは、昨日レシピ(リキュール抜きの)を教えたのが自分であるのだからMEIKOにはお見通しだ。
「贅沢いうんじゃないのよ、シアワセモノが」
終わり
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