君は覚えていなくていいよ。その分、俺が覚えておくから。
この時間が。
君と過ごすこの時間が。
君が大きくなることの礎になるのが、ほら、こんなに泣きたくなるくらいに嬉しく誇らしい。
ボーカロイドはペパーミント・ブルーの夢を見るか?(4)
淡い淡い色した桜の花の絨毯を、MIKUは最初こわごわと踏みしめた。
ぽてぽてぽてと擬音がついていそうな足取りでMIKUが歩いていると春風が、花びらを舞いあげてMIKUを取り巻く。
その様が気に入ったのか、MIKUは声にならない声を上げて笑い、くるりと回って、こちらを向いて手を振った。
『お兄ちゃん、桜キレイね!』
「うん、キレイだよね」
この数日間でKAITOはMIKUがなにを云っているのか、口の動きや表情で理解できるようになっていた。
MIKUは小さな掌いっぱいに花びらを掬って、空中に投げる。それを風が遊ばせた。
ペパーミントブルーの髪に桜色がよく映えると思う。
KAITOが目を細め、MIKUをみていた時、背後から『気配』が近づいてくるのを感知した。
「すっかり、保父さんだな。KAITO。」
「先生……。」
『先生』が研究棟から出てくるなんて珍しい、とKAITOは内心驚いていた。
「MIKUもすっかりお兄ちゃん子だ。」
後悔しているよ、と『先生』は云う。
「後悔ですか?」
「君とMIKUが、こんなに仲良くなるのは計算外だった。」
「……俺の心配をして下さってるんですか? ……大丈夫ですよ、MIKUが幼体ボーカロイドである以上仕方がない。」
育成カプセルで規定年齢まで短期間で成長する過程の中、育成カプセルに入る前の記憶(メモリー)が上書きされずに残る可能性は二分の一だ。……現在の所。
先行してカプセルに入り成長したMEIKOには幼体の記憶はなく、KAITOには残った。……それで半分の確率だと云われているが、例が2件しかない中で正確なものだとは言い難い。KAITOが偶々上書きされなかっただけなのかもしれない。
「MIKUに搭載される起動プログラムがどうなるかも未知数だし、俺は覚悟してますよ、最初から。」「そう……か。」
『先生』が頷いた時、MIKUが、KAITOと『先生』の間に割って入るようにして、膝にしがみついてきた。
「み、MIKU?」
「……君が心配になったんだろう。そんな顔してるから。」
「??」
「……自覚がないのかい? あぁ、MIKU。別にお兄ちゃんをいじめてるわけじゃないからね。」
『先生』がMIKUの頭を撫でようとするが、MIKUはイヤイヤと首を振って、寧ろKAITOの体よじ登ってくる勢いだ。MIKUを制止し、抱き上げると。首筋に顔を埋めてマフラーをぎゅっと握りしめる。
「俺、そんな顔してましたか。」
今にも泣きそうな顔をしていたよ、と『先生』は言った。
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