妹と紹介された小さな―――おそらくは生まれたてであろう―――ボーカロイドは、これまた髪とよく似た色の澄んだ瞳でこちらを見上げてきた。
「まぁ、妹という位置付け、と云うのが正しいかも知れないな。CMF社の君とMEIKOの後継シリーズだよ。今朝生まれたばかり」
「最初から性別が決まっているなんて珍しいですね?」
ボーカロイドは生まれたばかりの『素体』の時には性別はない。
外見も特徴らしい特徴はなく、全ては声を入力されてから決まり調整、形成されていく。―――今までは。
「CMF社の依頼でね。このシリーズは、最初にコンセプトがあるらしいんだ。性別、瞳や髪の色、顔の作りからオーダーで決められていてね。名前は、MIKU」
「ミク……?」
おずおずとこちらを見上げてくるMIKUの小さな手には、不似合いに大きな電子ボード。
膝をついてMIKUと目線を合わせる。
「これは?」
MIKUはKAITOの問いかけに、口を一瞬開きかけたが、電子ボードを抱え辿々しい指運びでディスプレイに文字を綴った。
『おはなしのかわり』
「声がまだ入力されていないんだ」
「仮のボイスデータはないんですか?めーちゃんのとか」
「MEIKOはCMF社(あっち)で初期段階から育成されただろ?データも全部あっち。君か白熊のならあるんだけど。ANNのだと国外他社で国際間の機密漏洩になるし」
「……」
しれっと応える『先生』の言葉にKAITOは肩を落とした。この外見で、白熊カオス声か己の声―――。想像したくなかった。
思わず顔を伏せ、肩を落としてしまうと、頭を小さな手が撫でる感触がある。見るとMIKUが小首を傾げ心配そうにこちらを見つめていた。
―――大丈夫だよ。
笑って小さな手をとる。育成(成長促進)カプセルに入る前のまだ生まれたてのその手は、壊れてしまいそうに小さく頼りない。
(俺もこんなだったのかな)
「……まぁ白熊とかは冗談だけど。下手な仮データ入れて癖がついたら不味いんだよ。初搭載のシステム入ってるから。……さて、冗談はここまでにして、要件を言おうかな」
「KAITO。君にY社とCMF社からの共通の指令。MIKUに一週間ほど初期教育を施すこと」
「……は?」
暫くフリーズした後、KAITOはプログラムらしくなく、指令(コマンド)に疑問形で応答した。
『先生』はにやり、と笑い言葉を続ける。
「新しいVOCALOIDは先行型に初期教育された方が、後々の調整が上手く行く。君も先に育成が完了したMEIKOに教わっただろう?」
「めーちゃんのあれは……」
教わるなんて生温いものじゃなかった。一つ間違えば(人間でいう処の)トラウマ必至。
スパルタそのものだった。歌唱に関する技術力(プログラム自己処理演算)は勿論だが、この「姉」には絶対に逆らえないと根底まで叩き込まれたものだ。
「でもMIKUはまだ声も入っていないのに……」
「うん、だから初期教育」
歌を聞かせ、歌う様を見せ、自然と感じさせれば良い。――――VOCALOIDとしてあるべき姿を。
「ま、言い換えれば移送期間までの子守りとも云うな」
『先生』は意地悪くそう付け足した。
「最後の一言は聞かなかったことにします。」
「賢明だな。じゃ、よろしく頼むよKAITO」
ひらひら手を振って『先生』は出て行った。
後に残されたのはKAITOとMIKU。
部屋の空間がブンと鈍い音を立てて鳴動する。どうやら半仮想空間に切り替えられたらしい。
インカムからこの空間構成コードが流れてくる。マスター権限が付与されているのは、いよいよKAITOにMIKUを一任する、ということか。
KAITOは軽く吐息し、小さなMIKUを抱き上げ立ち上がった。
「改めて、はじめましてMIKU。俺はKAITO。君の、」
―――――君の、お兄さんだよ。
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