この「私」が、「彼」に会うのは、初めてで。
早く会いたいと思う反面、会うのが何故だかひどく怖くて、会いたくないとも思う。
そんな不安定な気持ちは、歌声に表れてしまった。
ボーカロイドはペパーミント・ブルーの夢を見るか? 7
この北の地の、春の訪れは遅い。
(俺、ずっと春の中だな)
少し前に浜松で見送った筈の春に、こうしてまた出迎えられている。
KAITOは軽く息を吐くと「港」代わりのPCから、実体化した。
半有機体の自分達VOCALOIDは、勿論、機械ではないから飛行機に乗ることは物理的には可能だ。
如何せん、体を構成するもう半分は、プログラム。――――プログラムが拠り所になるPCが作動していなければ実体化ができないのだから(仮想空間内ならともかく)現実的には不可能だ。
よってインターネットのような電子媒介(通信)を使っての移動が専らになる。
「やっと帰って来たわね、放蕩長男坊」
呆れたような、でもほっとしたような声でKAITOを出迎えたのはMEIKOだけだった。……ミクはどうしたのだろうか。
「あれ、めーちゃんだけ?」
「ご不満?」
「滅相もゴザイマセンヨ、姉上。……お土産は昨日中に宅配手配したから、も少し待ってよね」
「土産巻き上げる為に出迎えたみたいに云わないでよ。…で、何よ土産って」
「志太泉酒造の、昇龍と、品評会吟醸」
「あら、それは届くの楽しみだわ」
軽く口笛を吹いてMEIKOは笑んだ。
「……じゃ、その土産に免じて意地悪しないでおきますか。ミクは今ユクエフメイなのよ」
「……は?」
ユクエフメイ?
なんの事だとKAITOの思考が一瞬止まった。
「ここ二、三日うまく歌えなくてね、ミク。さっきとうとう癇癪爆発させて飛び出して行ったのよ」
困ったわー、と楽しそうに呟くMEIKOに、ようやくユクエフメイ=行方不明だと言葉の意味を理解し慌てたのはむしろKAITOの方だった。
「ちょ、まっ……!」
「PCにも、部屋にも戻った形跡(キャッシュ)はないわ。……アタシ達はインストール元からそんなに遠くに離れては実体化できないし。社員総出でただいま捜索中、てワケ」
「そんな遠くって……10キロ圏内だろ!」
「そうよねー大変よね、人間にとっては。……私達には……ううん、特にアンタにとってはそうでない。……でしょ?」
ニヤリと笑んだMEIKOに背中を叩かれる前に、KAITOは駆け出していた。
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