Be with you...
MEIKOがさて自室で寝るか、と寝仕度をして居間(共有スペース)を通りかかると、KAITOがソファーに座って新曲の譜読みをしていた。 最近になって――――遅咲いた感も否めないが――――新曲ラッシュに見舞われているKAITOは、こうして休む間も惜しんで音楽に打ち込むことが、ままある。が、今日はいささかいつもと様子が違うようだ。
KAITOの膝上にはミク。横座りでKAITOの胸に体を預けて、微かな寝息を立てている。(ちなみにミクが着ているのは、大きすぎる、薄いブルーのパジャマ――――KAITOのパジャマだったりするのだが。これはいつものことなので、MEIKOは今更ツッこむ気も起きなかった)
「なんなのよ、そのアンタの爛れた妄想を具現化したような構図は」
「なんかスゴい言い様だな、めーちゃん。……最初は横に座ってたんだけど、あんまりに盛大に船こぐんで見てられなくてさ」
それにしても他にもやりようがあると思うけれど。と視線で告げると、KAITOは悪びれもせず、眼鏡の薄いレンズ越しに微笑み返してきた。
「あ、ミクの自発的行動だからね、これ」
「寝てる間に不埒な真似するような『弟』なら、『姉』の務めとしてマイクスタンドをアンタの血で染めてやるわよ、抹殺するわ」
「それは怖いな。うん、肝に命じておくよ、『姉さん』」
KAITOは苦笑し、ずり落ちかけたミクの体を元のように、片腕だけで抱き直している。
ボーカロイドである自分たちにとって、姉弟や兄妹といった区分はあってないようなものだ。そうするのが一番楽に、互いの立ち位置や友好的な関係を確立できるから、その形式をとっているに過ぎない。
MEIKO自身はその関係性を好んでいた。
今はその関係を甘んじて受け入れているが、本当は打破したがっているのが……。
MEIKOはKAITOを見やった。
「なに? めーちゃん」
「アンタはいつまで、ミクの『兄』でいる気なの?」
妹としてだけではなくミクを見ているのは明白だ。それはミクも同じことで……。正直、端からみていてもどかしくもある。
KAITOは曖昧に笑むだけで答えようとしなかった。
これはこの話題にはもう触れない方が良いだろう、とMEIKOは寝酒の大吟醸ワンカップをテーブルの上に起き、KAITOとミクの向かいのソファーに腰を下ろした。
「今度はどんな新曲?」
「ソロと、ミクとのデュエット。特にデュエットの方キツいな。ミクの足は引っ張りたくないし、頑張らないと」
「アンタ、コーラスは得意じゃない。そんなに気負わなくてもいいんじゃない?」
見せてよ、と差し出した手に渡されたデュエットの楽譜。その歌詞を読んで、なんとなくKAITOが気負う理由が解った気がした。
ふと、彼が何かを呟いた。
「KAITO?」
「いつまでなのかな、って。……こうしてられるのも」
さっきの話、はぐらかしたわけじゃないよ、とKAITOは云い、手元に残っていた譜面をテーブルに置いた。
「俺たちボーカロイドは、プログラムが人間の形を模した存在だよ。乱暴な言い方をすれば、人形に過ぎない。人形が魂を持つなんてオカルトの領域だけどさ、でも俺達は意思とか自我とかを持って、ここに在(い)る」
時々怖くなるよ、とKAITOはあやすように、眠るミクの髪を撫でる。その仕草はどこまでも愛しげで優しげだ。――――故に、切ない。
「俺の気持ちも、どこかでプログラムされたものじゃないのかって」
MEIKOはワンカップに手を伸ばし、それを一気に煽った。
KAITOがこちらを、目を丸くして見たが、そんなことはどうでも良い。これから云うことになる気恥ずかしい台詞を素面で言えるものか、柄でもない。
「ばっかじゃないの? そんなの二人で幸せになったモン勝ちなだけよ。構成プログラムも何も、んなもの知ったことじゃないわ! もしアタシ達が人間で姉弟で、アンタ達も血の繋がった兄妹だったら、赦されないことかもしれない。でも実際にあたし達はボーカロイドとしてここに在るの。その意味じゃ今ある関係を受け入れるのも、打破して新しい別の関係を作るのも自由なの、人間よりもずっとね! アタシは、アンタ達の姉なの。それが一番好き。アンタ達がどうなろうと崩すつもりは一切ない。アタシがアンタ達に望むのは一つだけよ。幸せになんなさい!」
空になったコップをテーブルに叩きつけるように置くのと同時に、一気にそういった。途中でMEIKO自身何を云っているのか解らなくなってきたので、聞いている方のKAITOはそれ以上だろう。
「……めーちゃん」
「なによっ」
「それって背中押してくれてるの? ミクになんかしろとでも?」
「ばっ……!」
解ってるよ、とKAITOは笑った。
「ありがと、姉さん」
かけていた眼鏡を外し、テーブルの上にあったケースに仕舞うKAITOにMEIKOは嘆息した。
「……眼鏡かけた時にしか、本音吐かないクセ、なんとかしなさいよ」
「……え。……そう、かな?」
「そうなのよ」
「うん……気をつける」
「そうなさい」
ミク寝かせてくるよ。とKAITOは軽々とミクを抱き上げ、立ち上がる。
「めーちゃん」
「なによ」
「めーちゃんもさ、俺とミクには大切な『姉さん』なんだよ? どうしようもなく」
「?」
「だからさ、姉さんに悲しまれるようなことはしないから、安心してよ」
「一々報告求めてるわけじゃないわよ?」
さすがにそれはしないよ、と苦笑混じりに言い残し、KAITO(とミク)は居間から出て行った。
テーブルの上の空になったワンカップ酒を、MEIKOは暫し見つめる。自室で飲もうと思っていたのに、思わぬ場所で空けてしまった。新しいのを台所から持ってくるのも手だが、それをしてしまうと深酒になって、寝酒の筈が却って眠れなくなる気もする。
「過ぎたるは及ばざるが如しってね……」
あの弟妹のもどかしい間柄も、そういうものなのかも知れない。
近すぎて。
近すぎるからこそ、相手も自分の気持ちさえも見えなくなって。
あんな風に躊躇ってしまうのかも知れない。
「でも、アンタ達二人の手は、ちゃんとずっと繋がれてるんだから、ね」
端から見ている自分(姉)にはちゃんと見えているから――――……。
空き瓶はきっとKAITOが後で片付けるだろう。家事なら、女性(という性別と個性を割り当てられた)のMEIKOよりも余程得意なのだ。
カップ酒の瓶はそのままに、MEIKOは今度こそ自室へと向かった。
FIN
2007/12/29脱稿
BGM「同じように」
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