自宅―――半仮想になっているマンションの一室――――に入ると、微かに甘い匂いが漂ってきていた。
ほぼ毎日弟が食べているアイスクリームとはまた違った匂い。
バニラエッセンスのそれでもない。MEIKOにとっては嗅ぎなれた、その甘さを含んだ香り。
薔薇の歌姫
「ただいまー」
「おかえりめーちゃん」
ダイニングでMEIKOを迎えたのはキッチンスペースで甲斐甲斐しく動きまわるKAITOだった。
「あら、ミク達は?」
「レンが、酒の匂いにやられちゃってね。換気終わるまでは様子見させてるよ」
丁度ネギを切るところだったらしく、ネギでレンの部屋を方を指し示しながらKAITOが答えた。―――ミクでなくKAITOがネギを持つ姿も中々新鮮なものがあるな、とMEIKOは内心笑った。
最近発覚したことだが、末弟のレンは酒にとにかく弱く、匂いだけでも酔ってしまうことがある。
「今日の夕飯、粕汁か何か?」
「うん、ちょっと惜しい。石狩鍋にしようかなって」
いつものように冷蔵庫に直行し、開けながら問う。
いつものように、常飲の酒を取り出そうとしたその手は、思わず止まってしまった。
一番好きな銘柄―――静岡の某地酒の大吟醸が冷やしてある。
「……KAITOこれって」
「んー。リビングのテーブルの上、見た?」
「え?」
慌てて、ダイニングキッチンと続きになっているリビングを見やると大きな薔薇の花束が置いてある。冷蔵庫を閉め、花束に駆け寄った。
花束を持ち上げる手が微かに震えるのが、何故か悔しい。
金の縁取りがしてある、薄いピンク色のカード。
メッセージには、
To the diva of the rose.
Happy Birthday
差出人の名は、ない。けれど、MEIKOには、その送り主が誰かは解る。「彼」だ。
「……キザね。まったく」
「薔薇より早く、お酒に気付くなんてめーちゃんらしいけどさ。」
「うっさいわね、バカイト」
潤んだ目を見られたくなくて、顔を花弁に埋める。
「……『あの人』らしい、プレゼントだね。良かったね、めーちゃん」
心なしいつもより優しいKAITOの声に、MEIKOは花弁に顔を埋めたまま頷いた。
華やかで、それでいて優しい香り。
「MEIKOのイメージは真紅の薔薇だな。」
と繰り返し云っていた『彼』の声は、今でもメモリーの中に鮮明に残っている。
だから、それでいい。
これだけで、自分は幸せになれる。
微かに浮かんだ涙を拭って顔を上げると、KAITOはそ知らぬフリで、鍋の仕上げをしていた。
アイスと……何よりもミクが絡むと『バカイト』と化す愚弟ではあるが、中々どうして聡いものだ。見て欲しくないと思っていたことは汲み取ってくれているらしい。
(まぁ、アタシの双子プログラムであることだし?)
「……ねぇ、花瓶ってあったっけ」
「あるよ。……って、めーちゃんが生けるの?」
あからさまに驚いた様子で顔を上げたKAITOに、MEIKOはムッとした。
「アタシがやりたいんだもの」
「いや、そのキモチは分らないんでもないんだけどさ、めーちゃん花の生け方、分かる?」
「………。」
確かにKAITOの言い分は尤もで、MEIKOは花を抱えたまま言葉に詰まった。
KAITOは火を止めて、外していたインカムを黒いエプロンのポケットから出して装着した。
「……ミク、レンの様子どう? …うん。それじゃリンに任せてこっち戻ってくれる?」
なるほど、ミクに手伝わせるつもりらしい。
「……自分の贈った花束を、他の男が触るのって『あの人』嫌がりそうじゃない?」
「そりゃ、アンタの感覚よ、……」
脱力してると、ミクがダイニングに駆け込んできた。パステルグリーンのエプロンが可愛らしい。
「あ、おねーちゃん!お帰りなさーい!」
軽く飛びついてくるミクの頭と花束を抱えていないほうの手で撫でると嬉しそうに笑う。
去年まではいなかった妹達の存在が、シアワセを倍以上に感じさせてくれる。
「ね、ミクこの花束生けるの手伝ってくれる?」
「うん! ……えっとお兄ちゃん、料理の方、大丈夫?」
「大丈夫、そのために戻ってきてもらったんだしね?」
いっておいで、とミクを見つめるKAITOの視線に、軽いデジャヴを感じながらも、MEIKOは洗面室にミクを促した。
とりあえず、ここまで。(今日一日でどんどん上書きする予定。)。
…って今改めて調べたら、違うじゃんめーちゃんのデビューって11月だよorzなんで2月27日と思い込んでいたのか謎なので、お祝い損ねた11月分として個人的祭を開催中……。