歌わずにはいられない。 
それがVOCALOIDの基本構成プログラムに組み込まれているのに、この幼いVOCALOIDは歌う声を持たず、歌う術もしらない。 
小さな愛らしい唇を、もどかしそうに繰り返し動かして、悔しそうに悲しそうに涙ぐむキミがこの上なく愛しく、守りたいと思った。 
 
ボーカロイドはペパーミント・ブルーの夢を見るか?(3) 
半有機体プログラムのVOCALOIDにとっては、半仮想空間が一番『存在』が安定する場であり、同時に、現実(リアル)と仮想(バーチャル)が混在する空間故に、物質の創造も破壊も思いのままになる場でもあった。 
生まれたばかりで存在がまだあやふやなVOCALOIDの基本スペースとしては確かに最適だろう。 
KAITOはイメージし、『椅子』の構築プログラムを瞬時に組み立てた。 
椅子に腰かけて、MIKUを膝に乗せると、目を丸くしてこちらをじっと見上げている。 
「どうしたんだい?」 
『すごい』 
『まほうみたい』 
ディスプレイパネルに浮かび上がった文字に、ああそうかと合点する。 
まだ構成プログラムを組むこともできないのだ。 
「魔法じゃないよ。MIKUも大きくなって、こんな半仮想空間だったらできる事だから」  
MIKUはきょとんとしている。 
『はん???』 
「コンピューターの世界と実際の世界が入り交じってるとこ。簡単に言うと、今この部屋は大きなPCの中にあるんだよ」 
考え込むMIKUにはまだ難しいらしい。KAITOは苦笑しつつ、今にも口に入ってしまいそうなMIKUの髪を指先で払ってやった。 
髪型など細かい容姿がプログラミングされるまで、VOCALOIDの髪は生まれた時のまま――――長いままだ。MIKUは例外的に髪の色だけは既に確定しているものの、長さはかつての自分達と同様、身の丈よりも長い。 
動きにくいことは身を以て知っている。(自分の髪を踏んづけて転んだり、何かに牽かれたり) 
「勝手に切るわけにもいかないしなぁ……」 
人間と違って伸びることがないのだから、いざ髪型が長さがいるタイプに決まった時、面倒だ。 
かといってこのままだと、歩く事も大変だというのも、また事実。 
暫し黙考したKAITOは櫛と髪ゴムを作り出す。 
「このままじゃ動きにくいから簡単にまとめちゃおうね」 
「クセ」が構成プログラムについてしまうから、あまり凝った事はできないし、そもそもやり方がわからないからできない。結局、髪を真ん中で二つに分けて、それぞれ高い位置で結んでやった。 
ようやく、地面に引きずられることもなくなった、チョコレートミント―――基、MIKUの髪。 
MIKUはまとめられた髪をさわって、うれしそうに笑った。 
『うささんといしょ』 
「……? うささん?あぁ兎さん? 好き?」 
コクンと頷いたMIKUに、KAITOは微笑み、兎を題材にした童謡を歌う。 
MIKUは一瞬目を見張り、それから目を閉じて童謡に聞き入ってリズムを取るように身体を揺らし始めた。  
小さなピンク色した唇を動かして一緒に歌おうとしている妹を、KAITOはそっと優しく抱き締めていた。